最終更新:2026-01-15
概要
生態学的誤謬(せいたいがくてきごびゅう、Ecological Fallacy)は、集団全体の統計的な傾向や相関を、その集団に属する個別の要素(個人や単一データ)にそのまま当てはめて断定する誤謬である。
例と不適切な理由
例1:論文の質と掲載誌
「このジャーナルのインパクトファクターは非常に高い。したがって、このジャーナルに掲載されたこの特定の論文も、極めて質の高い画期的な研究であるはずだ」。
不適切な理由:ジャーナルの指標は掲載された全論文の平均的な影響度を示すものであり、個別の論文の質を保証するものではない。平均を押し上げているのは一部の極端な成功作であり、個別の論文が引用されないケースも多々存在する。
例2:地域別健康データと個人
「ある自治体の調査で、塩分摂取量の多い地域ほど高血圧の罹患率が高いことが示された。したがって、その地域に住んでいるAさんも、間違いなく塩分を摂りすぎており、高血圧予備軍である」。
不適切な理由:地域全体の平均(マクロ)としての相関は、個々の住民(ミクロ)の食生活や健康状態を保証しない。Aさんがその地域の平均から外れた食生活を送っている可能性(分散)を無視している。
例3:大学ランキングと学生の能力
「この大学は世界大学ランキングの『研究力』部門でトップクラスである。したがって、この大学の博士課程に在籍しているB君も、世界トップレベルの研究能力を持っているに違いない」。
不適切な理由:大学組織全体の指標(設備、資金、教員の論文数)が優れているからといって、個別の学生の能力までが自動的に高いとは限らない。集団の属性を個人の属性へと短絡的に投影している。
対処法
- 分析単位の再確認:データが「集団(マクロ)」単位なのか「個体(ミクロ)」単位なのかを区別する。
- 分散の考慮:集団内の個体差(バラツキ)を考慮し、全体的な傾向が個々に必ずしも適用されないことを自覚する。
補足:論証における注意書き
上記の事例は、いずれも形式論理的な「誤謬」を説明するためのモデルケースです。現実の事象においては、伝統の維持が合理的な判断である場合や、個別の事情が正当な例外として認められる場合も存在します。重要なのは、その主張が「客観的な証拠」に基づいているか、それとも「論理をバイパスするためのレトリック」として使われているかを見極めることです。