最終更新日:2026-01-15
※本記事は、学術論文(J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 1975, 1574-1585)および関連する総説(Chem. Rev. 1989等)に基づき、生成AIによって自動生成された解説記事です。
1. 結論:立体障害と転位反応を克服する中性条件下の脱酸素化
Derek H. R. BartonとStuart W. McCombieらによる研究(1975年)は、従来困難であった第二級アルコールの脱酸素化に対し、ラジカル中間体を経由する新たな手法を提示した。1975年に報告された本研究は、後にBarton–McCombie反応として体系化されるラジカル的脱酸素化戦略の原型(プロトタイプ)を確立したものであり、その主要な成果は以下の通りである。
- カルボカチオン転位の回避: ラジカル機構を採用することで、イオン反応条件下で問題となる骨格転位が大幅に抑制され、高い収率で目的生成物を与えることが示された。
- チオカルボニル基の活用: アルコールをチオカルボニル誘導体へ変換することで、スズラジカルの付加とそれに続くβ開裂を経由して炭素ラジカルを発生させる反応系を構築した。
- 高度に官能基化された基質への適用: 糖やアミノグリコシド抗生物質など、酸・塩基に敏感な官能基を多数有する複雑な天然物誘導体に対しても、中性条件下で適用可能であることが実証された。
2. 理論的背景:第二級アルコール還元の「構造的ジレンマ」
有機合成において、ヒドロキシ基(-OH)を水素(-H)に置換する脱酸素化は基本的な変換であるが、その難易度はアルコールの級数や基質の立体環境に大きく依存する。
2.1 イオン反応の限界
第一級アルコールは求核置換()により、第三級アルコールは脱離後の還元により対応可能である。しかし、特に立体的に拘束された第二級アルコールや、カルボカチオン転位を起こしやすい骨格(ステロイド・テルペノイド等)において、従来法は重大な制約を受けていた。
- 反応の阻害: 立体障害により、ヒドリド剤による攻撃が進行しない。
- 骨格転位: カルボカチオン経由の反応や、脱離反応を試みると、頻繁に転位反応(Wagner-Meerwein転位など)が進行し、目的の構造が破壊される。
2.2 ラジカル反応へのシフト
Bartonらは、この問題を解決するために「イオン的プロセスを一切排除し、中性条件で炭素-酸素結合を切断する」手法を模索した。具体的には、炭素ラジカル()を経由し、水素供与体から水素原子移動を受ける経路であれば、イオン的な転位や立体障害の影響を受けにくいと考えた。この設計思想が、C-O結合をラジカル開裂しやすいC-S結合(チオカルボニル基)へ変換する戦略へと結実した。
3. 反応設計と新規合成法の開発
本論文では、アルコールをラジカル前駆体へ変換するための複数のアプローチと、実際の還元プロセスが体系化されている。
3.1 ラジカル前駆体(チオ誘導体)の合成法
Bartonらは、アルコールの種類や安定性に応じて以下の誘導化法を使い分ける手法を提示した。本論文では複数のチオカルボニル誘導体が検討されており、後にキサントゲン酸エステル法(Xanthate法)として標準化される一連のチオカルボニル誘導体戦略の概念的原型が、この段階ですでに提示されている。
- イミドイルクロリド法(Imidoyl Chloride Route):
- アミドとホスゲンから調製したイミドイルクロリドを経由し、O-アルキルチオベンゾアートを得る。強塩基条件を回避できる利点がある。
- ジチオ炭酸エステル法(Xanthate Route):
- アルコールに対し、塩基、二硫化炭素()、ヨウ化メチル(MeI)を作用させ、S-メチルジチオカルボナートを得る。この手法は後に標準的なBarton-McCombie反応の条件として広く普及する。
- チオカルボニルイミダゾール法:
- チオカルボニルジイミダゾールを用いる簡便な手法。
3.2 反応機構の提唱と議論
本反応の機構は、トリブチルスズヒドリド()を用いたラジカル連鎖反応として理解されるが、その詳細は単純な不可逆経路ではないことが後の研究で明らかとなっている。
-
基本的機構(Barton & McCombie, 1975): 典型的な説明では、トリブチルスズヒドリド由来のスズラジカル()がチオカルボニル基の硫黄原子に付加し、続くβ開裂(フラグメンテーション)によってアルキルラジカル()が放出され、これがから水素を引き抜くことで連鎖が進行するとされる。
-
代替機構と可逆性(Beckwith等の提案と検証): Xanthate系などにおいては、BeckwithとBarkerらにより代替的なラジカル中間体(alkoxy-thiocarbonyl radical等)を経由する機構も提案された。Bartonグループはこれを検証するために種々の競合還元実験を行っている。これらの実験結果は、スズラジカルの付加が可逆的である可能性と、最終的なフラグメンテーション効率がS置換基・温度・溶媒に強く依存することを示唆しており、機構は基質や条件によって変化しうる点に留意が必要である。
-
副反応: 特にジチオカルボナート(Xanthate)などの還元においては、副生成物としてCOS(硫化カルボニル)の放出や、S-tributylstannyl thioester等の生成が観察されることがあり、これらは反応の収率や生成物の分離に影響を与える場合がある。
4. 実験的検証と結果の解釈
4.1 骨格転位の有無:ラノステロールを用いた証明
本手法の優位性を最も端的に示したのが、ラノステロール誘導体を用いた比較実験である。
- イオン反応: ラノステロールのクロロギ酸エステルをヨウ化物イオンで処理すると、C-O結合の切断に伴い、隣接基関与による転位生成物(isolanostatriene)が主生成物として得られた。
- Barton-McCombie反応: 一方、同化合物のチオベンゾアートやジチオカルボナートに対しスズヒドリド還元を行うと、転位を伴わず、目的の脱酸素化体(lanosta-8,24-diene)が高収率で得られた。
この比較実験は本反応の利点を示す代表例であるが、収率と副反応抑制には溶媒・濃度・滴下法といった操作条件が重要であり、Bartonらは希薄条件や逆滴下(スズヒドリド溶液への基質溶液の滴下)等を最適化条件として報告している。
4.2 糖化学への応用
糖質化学において、特定のヒドロキシ基を除去したデオキシ糖の合成は重要である。グルコースやガラクトース誘導体のジチオカルボナートに対し本手法を適用した結果、高収率(80-90%以上)で対応するデオキシ糖が得られた。これは、従来のラネーニッケル脱硫法などと比較しても優れた合成法であると結論付けられた。
4.3 拡張:セレン・テルルエステルにおける特異性
Bartonらは硫黄類縁体であるセレン(Se)およびテルル(Te)のエステルについても検討を行った。
- セレノベンゾアート: スズヒドリド還元において硫黄類縁体と同様に脱酸素化が進行した。
- テルロベンゾアート: テルルを用いた場合、期待された脱酸素化は進行せず、高収率でベンジルエーテル()が得られる例が報告されている。この特異な挙動は、テルルラジカル中間体が脱酸素化(フラグメンテーション)経路に乗らず、異なる分解経路を辿ったためと解釈される。
5. 適用範囲と実務的注意点
5.1 基質依存性(第一級・第二級・第三級)
本反応は一般に第二級アルコールにおいて最も効率よく進行する。
- 第一級アルコール: 付加体ラジカルからのフラグメンテーションが遅く、スズラジカルによる直接的な還元(アルコールの再生)や副反応が生じやすい。ただし、溶媒(キシレン等の高沸点溶媒)や温度、X基(ジチオカルボナート等)を最適化することで、第一級でも有意味な変換が可能であると報告されている。
- 第三級アルコール: 立体的に混み合っているため誘導化自体が困難な場合があるが、適切な誘導体が合成できればフラグメンテーション自体は速やかに進行する。
5.2 反応条件の最適化(溶媒と濃度)
実務的には、以下の条件制御が成功の鍵となる。
- 溶媒と温度: 第二級アルコール誘導体では通常トルエン還流が標準条件とされる。反応速度の遅い第一級誘導体などでは、より高温のキシレン還流が必要となる場合がある。
- 濃度管理: スズヒドリドによる直接還元(副反応)を抑制し、ラジカル連鎖(フラグメンテーション)を促進するためには、系内のスズヒドリド濃度を低く保つことが有効である。そのため、スズヒドリド溶液を加熱還流させた溶媒中に、基質溶液をゆっくりと滴下する(逆滴下)手法や、シリンジポンプを用いた低濃度維持が推奨される。
6. 参考文献
-
[原典] Barton, D. H. R.; McCombie, S. W. A new method for the deoxygenation of secondary alcohols. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 1975, 1574–1585.
-
[Xanthate法の一般化] Barton, D. H. R.; Hartwig, W.; Motherwell, R. S. H.; Motherwell, W. B.; Stange, A. Radical deoxygenation of secondary alcohols: A general procedure. J. Chem. Soc., Perkin Trans. 1, 1981, 1216–1229.
-
[総説: 機構論と詳細] Crich, D.; Quintero, L. Radical chemistry associated with the thiocarbonyl group. Chem. Rev., 1989, 89, 1413–1432.
-
[関連機構] Roberts, B. P. Polarity-reversal catalysis of hydrogen-atom abstraction reactions. Chem. Soc. Rev., 1999, 28, 25–35.
-
[関連機構] Beckwith, A. L. J. Radical reactions of thiocarbonyl derivatives. Acc. Chem. Res., 1988, 21, 207–213.