概要
前科の誤謬(ぜんかのごびゅう、Past Record Fallacy)は、発言者の過去の過ち、不祥事、あるいは犯罪歴(前科)を根拠に、その人物が現在行っている主張や提示しているデータの妥当性を、内容に関わらず否定する論理的誤謬である [cite: 2026-01-15]。これは「人身攻撃(Ad Hominem)」の一種であり、主張の「内容」ではなく「発言者の属性」に焦点を当てることで論理を回避する [cite: 2025-11-27]。
形式的には以下のように記述される:
- 人物 A が主張 P を行う。
- 人物 A には過去の過失 X がある。
- ∴ 主張 P は検討に値しない(または偽である)。
例と不適切な理由
例1:セキュリティ脆弱性の指摘
「かつてハッキングの容疑で補導された経験のある人物が、当システムの脆弱性を報告してきた。
犯罪者の言うことに耳を貸す必要はないため、この報告は無視してよい。」
不適切な理由: 指摘された脆弱性が実際に存在するかどうかは、ソースコードの論理的な欠陥という客観的事実に基づいている。発見者の過去の経緯は、バグが「実在するかどうか」という事実の真偽には影響を与えない。
例2:学術的データの信頼性
「この研究者は数年前に論文の二重投稿で注意を受けた前歴がある。
今回の新しい計算アルゴリズムの提案も、どうせ信頼に値しないものだろう。」
不適切な理由: 過去の不適切な行動は警戒の理由にはなるが、それ自体が新しいアルゴリズムの数学的・論理的誤りを証明するものではない。提案された内容は、その理論自体の整合性と再現性によってのみ評価されるべきである。
なぜ誤謬なのか
論理学において、命題の真偽はその根拠(証拠や推論)の妥当性にのみ依存する。発言者の人格や履歴を攻撃することは、論理的な反論を放棄し、感情的な不信感に訴えることで議論を終わらせようとする「論点のすり替え」に相当する。
ただし、以下のような場合は「信頼性の検討」として妥当な場合がある:
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事実報告の信憑性:客観的な証拠がなく、発言者の証言のみに依存する場合、過去の虚偽報告歴は検討材料となり得る。
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専門性の担保:過去の経歴がその分野の専門的知識を欠いていることを示す場合。 しかし、これらもあくまで「慎重に検証すべき理由」であり、主張を自動的に「偽」とする根拠にはならない。
対処法
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論点と人格の分離: 「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」に集中し、主張を独立したデータとして精査する。
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客観的検証の要求: 人格への疑念があるならば、なおさら第三者による検証や、客観的なエビデンスの提示を求めることで、論理的に決着をつける。
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メタ的な指摘: 「私の過去と、この論理の正しさにどのような相関がありますか?」と問いかけ、議論を本来の論点に引き戻す。